iconHamasaka predecessors

昭和の初期、単独で厳しい冬山を次々に走破して小説「孤高の人」や「単独行者」などのモデル加藤文太郎はじめ、「 東の啄木、西の翠渓」与謝野鉄幹に言わしめた前田純孝など多くの先人を輩出しております。新温泉町では昔の造り酒屋を改装して先人記念館として、彼等ふるさとの先人の功績を顕彰しています。

前田純孝

薄幸の歌人前田純孝歌碑

先人記念館「以命亭」

先人記念館「以命亭」

加藤文太郎記念図書館

加藤文太郎記念図書館

iconBuntaro Kato

加藤文太郎

Kato Buntaro is a mountaineer, who was born in Hamasaka town in Japan. He was famous as solo climber. People called him the Immortal Mountaineer. He is a model of the novel Kokou no hito authored by Jiro Nitta. 新田次郎の小説「孤高の人」や谷甲州の「単独行者」のモデルで,「不撓不屈の岳人」加藤文太郎は、新温泉町浜坂に明治38年3月11日に生まれました。 新温泉町浜坂の芦屋城址の城山園地から、日本海を一望しながら約900m、山道を(孤高の道)抜けると、浜坂の市街地を見下ろす高台に石碑が建てられているのが「加藤文太郎ふるさとの碑」です。


昭和45年、全国高等学校登山大会が但馬で行われた際、当時、高校の教師であった山本茂信先生は、「折角全国から大勢の高校生が加藤文太郎のふるさとまで来てくれるのに、何もなかったでは心さみしい」と、多くの関係者に掛け合い、顕彰碑が建立され、盛大な除幕式が行われました。


加藤文太郎ふるさとの碑は、新田次郎氏や夫人の藤原てい氏を始め、全国から多くの文太郎ファンがこの地を訪れ、彼を愛する人達の交流の場所となっています。


数年前には、『単独行者」を書いた谷甲州さんや高校の校長先生を最後に退職された後、日本列島を鹿児島から北海道まで徒歩で縦断された山形の長澤明先生も、その途中に立ち寄られました.


二十年以上も前から、浜坂の山にブナの木を植えて下さるグループがありますが、この会の創設者は加藤文太郎と非常に縁の深い津田周二さんであり、そのメンバーも多くが加藤文太郎の山仲間であった方々で、現在も引き継がれてその活動が続いております。

宿ブログ はまさか日記では、澄風荘の主人が加藤文太郎の生い立ちや人物像について詳しく書いています。
はまさか日記~浜坂温泉・澄風荘~

      
単独行

加藤文太郎の著作集

谷甲州 単独行者

『単独行者』谷甲州

孤高の人文学碑

孤高の人文学碑